"Sicko"を見て2007年09月01日 16時10分05秒

先日、マイケル・ムーア監督の、シッコ(Sicko)という映画を見てきました。文句なしに面白い映画ですが、それだけでなく、あまりに悲惨な状況に悲しくもなり、憤りも感じました。

ご存じの方も多いと思いますが、アメリカは、全ての国民を対象とした公的な国民皆保険制度がない、先進国の中でも非常に珍しい国です。高齢者や貧困者に対しては公的医療保険(メディケア)が存在しており、国民の25%が加入しています。それ以外は、民間の医療保険が中心であり、市場原理のもとで商品として医療保険が売買されています。この民間保険に入っているのが国民の60%です。残りの約15%の人が、無保険者であり、全米で4700万人います。

無保険者の置かれている状況は深刻です。映画の冒頭で、仕事中、事故で中指と薬指の先端を切断された人の話が紹介されています。彼は、無保険者でした。医者は、彼に、中指をくっつけるなら6万ドル(約720万円)、薬指をくっつけるならなら1.2万ドル(約140万円)と告げます。彼は、安い方の薬指を選び、中指の先端は、焼却場へ。

しかし、実は、この映画は、無保険者ではなく、民間保険に入っている60%の人たちの実態を描いた映画です。保険会社も営利企業ですから、利益を上げることを最優先にします。保険への加入は熱心に勧めますが、いざ支払いの時には、できるだけ支払わないということを最優先します。

交通事故に遭い、救急車で病院に運ばれた女性がいました。アメリカでは救急車は有料ですが、保険に入っていたので保険会社が支払うと思っていたら、支払いは拒否。なぜか?支払いの条件で、救急車を使う場合には、「事前に」保険会社に連絡することという項目が入っていたからです。交通事故で、意識不明なのに、どうやって連絡しろと言うのか?

保険会社がかかえている医者のところには、被保険者から、医療請求の用紙がたくさん回ってきます。その用紙に、「必要な医療ではない」と保険の支払いを認めないスタンプをたくさん押す医者が良い医者だとみなされます。何割くらい「支払い拒否」のスタンプを押したかというグラフが示され、「支払い拒否」率が高い医者には、ボーナスが出されます。

娘が夜中に高熱を出し、救急車で病院に運ばれた人がいました。保険会社に連絡したら、その病院は、保険の支払対象外なので保険が下りないとのこと。やっと、指定の病院に着いたと思ったら、すでに子どもは心停止状態で、結局命を落としてしまいました。この映画の中では、まだまだたくさんの悲劇が登場します。

では、他の国ではどうなのか。カナダ、フランス、イギリスが紹介されていましたが、どの国も、基本的には、国が運営する保険で、医療が行われています。フランスとイギリスでは、医療費は完全に無料。そもそも、病院に、「会計」を行う部署が存在していません。「医療を受けるときに、事前に保険会社に連絡しないんですか?」とか「退院するときにいくらお金を払うんですか?」などと質問すると、聞かれた人は、きょとんとして、何を質問されたのかも理解できない様子。ムーア監督が、イギリスの病院で「会計」という看板を見つけたので、聞いてみたら、病院までの交通費を支払う窓口でした。イギリスでは、病院の「会計」とは、患者がお金を支払うところではなく、逆にお金をもらうところでした。

フランスで暮らしている人の話が印象的でした。「なぜこんなに医療が充実しているのか」と聞かれて、次のように答えていました。「それは、政府が国民を恐れているからだと思う。何か問題が起きると、何十万人というデモが起きる。アメリカでは、逆に、国民が、政府を恐れているのだと思う。」国民主権とは、かくあるべしと思います。自らが声を上げ、行動を起こすということが、本当に大切なのだと思います。日本でも、医療制度がどんどん悪くなって、アメリカに近づいているような気もします。他人事ではなく、考えさせられました。

ラストの方で、ムーア監督は、9.11での救命活動のために健康を害した救命員たちを、「敵国」キューバに連れて行きます。なぜなら、9.11のヒーローであっても、アメリカでは、お金がないと医療が受けられないからです。キューバでは、医療費は無料。優しい笑顔で、「心配することはありません。最善の治療をします。」と励ますキューバ人医師たちの言葉に、涙する救命員たち。自分の国で、医療関係者からそんな優しい言葉をかけてもらったことはなかったから。最後に、キューバの救命員たちとかたく抱き合う姿を見て、私も思わず涙してしまいました。政治体制が違い、国と国とが対立していたとしても、人と人は分かり合えるし、分かり合わなければならないのだと思いました。

お薦めの映画です。2時間があっという間に過ぎ、げらげら笑いながらも、深く考えさせられる映画でした。

ちなみに、sickoとは、アメリカの俗語で、「病人、変質者、倒錯者、狂人」といった意味の単語だそうです。おそらく、sick(病気の)から、来ている語なのだろうと思います。まさに、アメリカの医療制度は、"sicko"です。