みんなが笑顔で幸せに生きていくことができる社会を!(卒業生の結婚式で感じたこと) ― 2012年01月22日 23時48分37秒
今日は、23歳になる卒業生の結婚式・披露宴に出席してきました。
彼女は、とても賢くて、自立して、生活力のある生徒だったのですが、家庭的な問題があり、いろいろ本当に心配した生徒でした。
3年間の中でも実にいろんなことがあって、一時は学校を続けることができないのではないかというような時もありました。しかし、友達や友達の保護者などが、親身になって支えてくれたおかげて、無事卒業することができて、とてもうれしかったのを覚えています。
去年の暮れに、彼女から「結婚式をやるので出席してもらいたいんですけれど」と携帯に電話をもらい、本当にうれしく思いました。電話の受け答えもとてもしっかりしていて、「立派な社会人になったなあ」とそういう面でも感心しました。
その電話の時に、「いろんな苦労をしたから、本当に幸せになってほしいよ!」と言ったら、彼女は、「先生、心配しなくて大丈夫。私は、本当に幸せですから!」と返されました。
彼女は、今日の結婚式・披露宴でも、本当に幸せそうな、飛びっ切りすてきな笑顔を見せてくれていました。職場で知り合ったというとても優しそうな彼氏から深く愛されているというのは当然として、職場の同僚や上司の方々も、彼氏のご両親、親族の方々も、みんなが彼女のことを大切にし、温かく見守っているという雰囲気がとてもよく伝わってきました。そんなすてきな式だったので、私自身も、温かく幸せな気持ちで帰ることができました。
今の世の中は、若者だけでなく、人が幸せに生きていくということが、なかなか難しくなってきているように思います。今日の彼女のように、すべての人が笑顔で幸せに生きていくことができるような社会にしていきたいし、そのために自分たちができることを日々精一杯やっていきたいと改めて感じました。
代表理事としての「新年のごあいさつ」(元気っ子ニュース原稿) ― 2012年01月12日 22時53分14秒
1月22日発行予定の「元気っ子ニュース」に載せる、代表理事としての「新年のごあいさつ」です。お読み頂ければ幸いです。
新年あけましておめでとうございます。
元気っ子クラブの運営を支えているのは、各父母会の活動です。各学童において、子ども達の豊かな放課後の生活を保障していくために保護者と指導員がともに手を取り合って活動していくことで、草加の学童保育の運営は成り立っています。学童保育の大規模化が急速に進行したこと、社会状況の変化の中で保護者の労働環境などが大きく変わってしまったことなどにより、各父母会の活動もさまざまな困難を抱えていることと思います。こうした中でも、昨年1年間、各学童において、理事さんや父母会長さん、役員さん、指導員たちが協力し合い、各学童の運営を支えて頂きましたことに、心より感謝申し上げます。
〈震災を絶対に忘れない〉
さて、昨年1年間を振り返ったときに、絶対に忘れてはならないのは、東日本大震災とそれに続く福島第一原発事故によってもたらされた未曾有の大災害のことです。
草加でも震災当日は、公共交通機関がほとんどがストップし、電話もほとんどつながりませんでした。学校との関係でも、誰が引き取るのかなど混乱もありました。元気っ子運営の17児童クラブで、最後の児童を保護者に引き渡したのは、夜11時過ぎでした。
幸いなことに、草加市の学童保育では、施設の被害も人的な被害もありませんでした。この間、草加市が施設の整備を計画的に進めてくれたこと、それぞれの学童において指導員が子ども達のことを第一に考えて、責任を持って保育にあたってくれたことによるものだと思います。心から感謝したいと思います。
時が経ち、毎日の平穏な生活を送る中で、私達は震災のことを忘れてしまいがちです。しかし、一瞬にして命を奪われてしまった多くの命、そして多くのものを失った生き残った者の深い悲しみを、決して忘れてはいけないと思います。
〈復興への課題は多い〉
大震災直後、自らが被災しているのに被災者同士が助け合っている姿、お互いのことを思いやり整然と避難所での生活を送っている姿などが、全世界に感動を与えました。しかし、復興への道はまだまだ遠いというのが現実です。震災を生きのびることができたにも関わらず、さまざまな理由から、自ら死を選んだ人も多数います。街の復興ということだけでなく、被害にあわれた方を精神的にどう支えていくのかということも大きな課題となっています。
大震災とその後に起きた原発事故が、死者行方不明者を2万人近くだしたこと。住み慣れた土地を離れ避難生活をしなければならない人が、現在でも30万人を超えていること。親を亡くした子どもが1567人もいること。そのうち両親を亡くした子どもが240人もいること。私たちは、まず、こうしたことを絶対に忘れてはいけないと思います。被災地の復興や支援のために何ができるのかを考え、自分たちのできる精一杯のことをやっていくことが大切だと思います。
〈たしかな人と人とのつながりを〉
大震災は、どうやったら安全で安心できるまちを作っていくことができるのかという課題を私たちに突きつけました。耐震化を進めることや防災拠点の整備、防災マニュアルや緊急時の対応の見直しなどは、当然必要なことだろうと思います。しかし、同時に大切なことは、地域の中に確かな人と人とのつながりを作っていくということではないでしょうか。
どこに誰が住んでいて、どこに足のご不自由な方がいらっしゃるとか、小さなお子さんを抱えているご家庭がどこにいらっしゃるかということなどは、その地域に住んでいる人が一番よく知っているわけです。行政は行政として災害に強いまちづくりを進めてもらうということが必要です。私たちにできることは、地域の中に、きめ細やかな人と人とのネットワークを作っていくということが大切なのではないかと思います。学童保育の父母会活動も、地域の中で人と人とのつながりを作っていくための大切な活動の一環であると言えるのではないでしょうか。
草加市にも被災地から避難されてきた方がいらっしゃいます。その中には、元気っ子の指導員として元気に働いている方もいらっしゃいます。お子さんを、元気っ子運営の学童に預けていらっしゃる方、この4月から預ける予定であるという方もいらっしゃいます。住み慣れた土地を離れるということは本当に辛いことです。その喪失感というのは、言葉では言い表せないくらいに大きいことだろうと思います。こうした方々のお気持ちをきちんと受け止め、草加に来て本当に良かったと思って頂けるような温かい人と人とのつながりをさらに作っていくことができればと願っています。
元気っ子クラブとしても、震災の教訓を踏まえ、地域の方々とも協力しながら草加の子ども達の安全と安心を守り、豊かな放課後の生活を作っていくことに、これまで以上に真剣に取りくんでいこうと決意しています。
草加市賀詞交換会に参加してきました。 ― 2012年01月11日 22時37分22秒
今日の午後、草加市賀詞交換会があり、学童保育の会の会長である青木さん、事務所の沼田さん、事務局の高野さんと4人で参加してきました。
市長、国会議員、県会議員、市会議員の皆様方一人ひとりに、ご挨拶をし、学童保育に対する日頃のご支援のお礼を申し上げました。
子育てに関わっている地域の団体の方やNPO法人の方などもたくさん参加していました。また、顔なじみの市の職員の方、お世話になった元市会議員の皆さん、教え子のお父さんなど、久しぶりに会う方もいて、大変懐かしく思いました。
行政や議会、地域の皆様方のご理解があっての学童保育です。これからも、いろんな人とのつながりを大切に活動を続けていきたいと思います。
「今だから守りたい」大川中3年佐藤そのみさんの訴え。 ― 2012年01月08日 13時02分54秒
昨年暮れに、妻が被災地を巡るツアーに参加してきました。その時に、お会いした石巻の方がいろんな資料を送って下さいました。
その中の新聞記事に、中学校弁論大会石巻地区で審査員特別賞を受賞した佐藤そのみさんの文章がありました。
佐藤さんは現在、大川中の3年生。佐藤さんの妹さんは、大川小学校に通っていました。大川小学校は、全校児童108名のうち70名が亡くなり、未だに4名が行方不明となっています。佐藤さんの妹さんも、津波のために命を落とした一人でした。
佐藤さんの文章を是非とも多くの方に読んでもらいたいと思い、以下に紹介します。
「いまだから守りたい」
佐藤そのみさん(大川中3年)
「今のうちに家族や友達に優しくしないと、後で失った時に絶対後悔する」。この考えは、今年の1月ごろから、私の頭の中に唐突に浮かんできました。なんの意識もしていないのに、この言葉は毎晩のように脳内に連呼されていきました。
それでも私はいつものように、母や兄に反抗したり、妹にきつく当たったりと、その言葉を素直に受け入れることはありませんでした。
人の命はいずれ、この世からなくなってしまう。それぐらい分かっていました。でもそんな急に映画や小説みたいな別れ方なんてあるわけない。家族がいて、学校に通って、友達がいて、この何でもない平たんな日々が当たり前なんだと、私はそう信じていました。
しかし、3月11日、そんな映画や小説みたいな出来事が起きたのです。想像もしなかった大震災。震災から2日後に、大川小学校に向かう途中で事実を知らされた時も、寒さの中、安置所で妹を待っていた時も、5日後に妹が「ただいま」も言わずに帰った時も、これが現実で起きていることだとは認めたくありませんでした。
こんなの夢だ。夢じゃなきゃおかしい。変わり果てた大川の光景を目にして、そして妹を失ってこれを夢だと信じ続ける自分自身にしだいに耐えられなくなっていきました。
私が守りたかったもの。それは「バランス」でした。当たり前な日々とその中にいる自分。この2つのバランスです。
朝起きると妹は既に歯を磨いていて、私は時間ギリギリに家を出て、通学路の坂を自転車で下りるのが気持ちよくて、退屈な授業をみんなで脱線させて、部活動でみんなのプレーを眺めるのが楽しくて、放課後は自転車小屋でたわいもない会話をして、家に帰れば妹とギターで遊んで。
こんな当たり前の中のどれか一つが欠ければ、同じようなバランスは保たれていなかったと思います。私はこのバランスにすがるように、日々に流されていました。
今回の震災で、たくさんの人にとってのバランスが崩れました。いつもの自分を見失った人も多かったはずです。
「今のうちに家族や友達に優しくしないと、後で失った時に絶対後悔する」。今年になってから急にこの考えが浮かび始めた理由が、ようやく分かったような気がしました。
きっと自分じゃない他の誰かが、私の中に忠告していたのかもしれません。素直に受け入れれば良かった。もっと妹に優しくしていれば良かった。これほど後悔するのは初めてでした。
思えば、11日の朝、なぜかイライラしていた私は、妹に「おはよう」と言われても無視していました。
きっと私は、何もしなくても成立するバランスに甘えながら生きていたのだと思います。いつもの自分を保つことに精いっぱいでした。
しかし、震災で「いつもの自分」を失ったことによって「本当の自分」が分かってきたような気がします。何も頼るものがないと、本当に無気力でどうしようもない自分。行き詰まっても「どうにかなる」と高をくくってしまう自分。人と話したり人の話しを聞いたりすることが、本当は大好きな自分。
本当の自分を知って、いろいろな人と出会って、物事を見る視点や考え方が変わって、私はあることに気付きました。
「当たり前」なんて、どこにもない。きっと私が「当たり前だ」と思っていたものの一つ一つはふとしたきっかけから、私の目の前にそっと置かれたものだと思います。
一日一日が少しずつ違って、二度と同じ日はやってきません。だから「今」を大事に生きるということがどれほど大切でそれと同時にどれほど難しいか。私はあらためて思い知りました。
あるボランティアの大学生さんは、私にこんなことを言ってくれました。いい人生だったか悪い人生だったか分かるのは、本当に最期の時なんだから、ちっぽけな「いい・悪い」に悩まないで、とりあえず一番先に大事にできるものは「今」なんだよ。
そう考えると妹は、一日一日をすごく大事に、楽しく生きていたような気がします。これからは「当たり前」なんか求めずに、しっかり「今」と向き合っていかなければいけません。
最後に、私が守りたいものは「今日」です。「今」という時間を大切にすることです。
「第7回子育てシンポジウム」打ち合わせで、講師の河野伸枝さんにお会いしてきました。 ― 2012年01月07日 22時10分47秒
今日は、2月19日(日)に開催する「第7回子育てシンポジウム」の打ち合わせをするために、講師の河野伸枝さん(全国学童保育連絡協議会副会長)にお会いしてきました。
子育てシンポジウム実行委員長の橋本さん、副代表理事の竹内さん、事務所の沼田さんと4人で車に乗り、昼過ぎに草加を出て、河野さんがお住まいの飯能市に向かいました。冬晴れの晴天のもと、富士山もきれいに見え、武蔵野の自然の中を約1時間ほどの楽しいドライブでした。
河野さんは、全国連協の役員として、全国で講演活動などを行い、昨年は東日本大震災の被災地にも何回か足を運ばれています。その中で、改めて人と人とのつながり、一人ひとりのありのままの存在を受け止め大事にすることが大切であると痛感したとおっしゃっていました。
今回のシンポジウムのテーマは「学童保育のたからもの "つながり"がはぐくむ 遊びと笑顔」です。草加の学童保育について説明したあと、とにかく、学童保育の大切さが実感でき、みんなが元気になるようなお話をしていただければとお願いしました。
約2時間いろんなお話をしました。つながりやぶつかり合いの中で子ども達が育っていく姿、そういう子ども達を見て親自身も変わっていくこと、障害を持った子がいても、みんながありのままに障害を受け入れて、お互いが成長して言っている姿などなど、話は尽きませんでした。
いっぱいお話しする中で、河野さんも含めてみんなで、「やっぱり学童っていいよね」という思いを確認することができました。この思いをみんなに伝えることができるように、シンポジウムの成功に向けて、準備を進めていきたいと思います。
シンポジウムのちらしは以下のページでご覧下さい。

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