湯浅誠さんの「ヒーローを待っていても世界は変わらない」を読んで。2012年10月21日 21時08分16秒

最近読んだ本の紹介です。「ヒーローを待っていても世界は変わらない」(湯浅誠著 朝日新聞社)

今の世の中に憤り、何とか変えていきたいと思っている全ての人に読んでもらいたい本です。

知っている人も多いと思いますが、湯浅誠さんは、「反貧困ネットワーク」事務局長やNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」の理事などを務め、貧困問題の解決のために精力的に活動されている方です。

この本の冒頭で湯浅さん自身が述べていますが、この本は、「民主主義」についての本です。

今の社会は確かにいろんな問題を抱えています。それぞれにとって理不尽と感じることもたくさんあります。そうした中で、その問題を解決してくれる「ヒーロー」を求めるという社会的な土壌が育まれていくのにもそれなりの理由があります。ちょっと前では、「自民党をぶっ壊す」と公言して登場した小泉元首相、今で言えば、大坂市長の橋本徹さんに、世の中を変えてくれる「ヒーロー」としての役割が「期待」されていると言っていいでしょう。しかし、そうした「ヒーロー」に「期待」することでは、世界は変わらないし、逆に世の中を変えていく本当の力である「民主主義」そのものを掘り崩すことになってしまうということを、実に分かりやすく説明しています。

「『強いリーダーシップ』を発揮してくれるヒーローを待ち望む心理は、極めて面倒くさくて、うんざりして、その上疲れる民主主義というシステムを私たちが引き受けきれなくなっている証ではないか」と湯浅さんは指摘しています。「民主主義の『面倒くさくて、うんざりして、その上疲れる』面ははっきり言って引き受けたくない。そのときに出てくるのが『決めてくれ。ただし自分の思い通りに』という言い分」です。しかし、この願いは必ず裏切られます。なぜなら、「ある意見では多数派であっても、別の意見に関しては少数派だと言うことがありうる以上、それは誰にとっても望ましい願い」とはなり得ないからです。

「『民主主義』と『面倒くさくて、うんざりして、その上疲れる』という、切っても切れない二つのことを切り離そうとしてしまったこと」により、「その中身は空洞化し、形骸化していきます。」「『強いリーダーシップ』を発揮してくれるリーダーを待ち望む心理は、民主主義の空洞化・形骸化の結果」ではないかというのが湯浅さんの主張です。

次のような指摘も、「なるほど!」と納得しました。

「民主主義とは、高尚な理念の問題というよりはむしろ物質的な問題であり、その深まり具合は、時間と空間をそのためにどれくらい確保できるか、というきわめて即物的なことに比例するのではないか。」

仕事と生活に追われ、じっくり考え、面倒くさいいろんな意見の調整をするということを自ら放棄することにより、自分たち自身で民主主義を空洞化させてしまっているのではないかと、深く反省させられました。

この本の締めくくりに湯浅さんが書いた次の言葉を、深く心に刻みたいと思います。

ヒーローを待っていても、世界は変わらない。誰かを悪者に仕立て上げるだけでは、世界は良くならない。

ヒーローは私たち。なぜなら私たちが主権者だから。

私たちにできることはたくさんあります。それをやりましょう。

その積み重ねだけが社会を豊かにします。

是非とも多くの人に読んでもらいたい本です。

「子どもの声を社会へ-子どもオンブスの挑戦」を読んで2012年07月15日 21時52分26秒

本の紹介です。4月頃に読んで、とてもよかったのでもっと早く紹介したいと思っていたのですが、なかなか忙しく今になってしまいました。何冊か紹介したい本がありますが、まずは、「子どもの声を社会へ-子どもオンブスの挑戦」(岩波新書 桜井智恵子著)です。

著者の桜井さんは、兵庫県川西市の「子どもの人権オンブスパーソン」を勤めていらっしゃる方です。私は、草加市で子どもの権利条約に関する条例を制定することを求める運動にも係わっていますので、川西市の「オンブスパーソン制度」については聞いたことがありましたが、具体的にどのような活動をしているのかは知りませんでした。また、この制度が、どれほど重要な意義を持っているのかということについても、十分な認識を持っていませんでした。

子どもの権利条約の中で、子どもの意見表明権-子どもの声を聞くということは、極めて重要な位置づけを占めています。しかし、子どもの声を聞き、それを社会に生かすということは、簡単なようで、実はとても難しいことです。「子どもの声」は、まとまった形で理路整然と語られるわけではありませんし、一見「わがまま」なように思われる場合もあります。言葉で「子どもの声を大切にする」と言うだけでなく、現実にそれを保証するための仕組みを作っていくことが必要です。

こういう子どもたちの声を、社会につなげていくためには、学校とも行政からも独立した川西市の「子どもの人権オンブスパーソン」のような第三者機関が必要となります。そしてさらに大事なことは、この「オンブスパーソン」が個人ではなくチームとして活動しているということ、さらに、いろんな諸機関・諸団体、個人との「関係に働きかけ」つながっているということだと思います。

この本を読んで、こうした制度をきちんと生かしていくということが、子どもの権利条約の精神を現実のものとしていくためには不可欠であるということを、痛感しました。子どもに係わる多くの人に読んでもらいたいと思う本です。

「愛着障害 子ども時代を引きずる人々」を読んで2012年01月01日 10時25分21秒

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

さて、今日は、最近読んだ本の紹介です。『愛着障害 子ども時代を引きずる人々』(岡田尊司著 光文社新書)。今の子ども達が抱えている問題を理解し、その回復を図るためのヒントを与えてくれる本です。読んでいていろんなことを考えさせられました。

「愛着とは、人と人との絆を結ぶ能力であり、人格の最も土台を形作ってい」ます。

『心的外傷と回復』の中でハーマンが次のように述べているのも、同じことを言っているのだろうと思います。「世界の中にいて安全であるという感覚、すなわち<基本的信頼>は人生の最初期において最初にケアしてくれる人との関係の中でえられるものである。」「ケアをしてくれる人たちとの安全な結合感覚が人格発達の基盤である。」「世界には意味があるという信念は他者との関係において形成され、その開始は誕生直後に遡る。最初の親密関係において築かれる基本的信頼がこの信仰の基礎となる。」

著者は、「人間が幸福に生きていくうえで、最も大切なもの-それは安定した愛着である」と言います。最近、「発達障害」ということが盛んに言われるようになってきていますが、「この発達の問題の背景には、かなりの割合で愛着の問題が関係している」と指摘しています。

こうした観点から、愛着障害が生まれる要因と背景、その特性と病理などについて、具体例を挙げながら詳しく解説しています。同時に大切なことは、「愛着障害の克服」についても述べているということです。つまり、「愛着障害の克服」は可能だということです。

「愛着の原点は、親との関係で育まれ」ますから、「それを克服するには、親との関係を改善していくことが、最も望ましい」ことです。しかし、実際には「親の協力が得られないということもしばしばであるし、得られたとしても、そのためには、何が起きているのかを説明し、ボタンの掛け違いを気づかせる第三者が必要」となります。

「結局のところ、愛着障害を克服していく場合、こうした第三者の関わりが不可欠」であり、「その第三者が、親が果たしてくれなかった役割を、一時的に、場合によると数年という長いスパンで、肩代わりすることが必要」だと言います。「その場合にもっとも重要なことは、その第三者が安全基地として機能しているということ」です。

ちょっと長くなりますが。「安全基地」について説明している部分を引用します。

安全基地とは、いざというとき頼ることができ、守ってもらえる居場所であり、そこを心の拠り所、心の支えとすることのできる存在である。そして、外の世界を探索するためのベースキャンプでもある。トラブルや危険が生じたときには、逃げて帰ってきて、助けを求めることができるが、いつもそこに縛られる必要はない。よい安全基地であるためには、本人自身の主体性が尊重され、彼らの必要や求めに応えるというスタンスが基本なのである。

気持ちがまだ不安定で、心細さを感じるうちは、安全基地に頻繁に頼り、その助けを必要とするが、気持ちが安定し、安心と自信を回復するにつれて、その回数も減り、次第に自力で行動することが増えていく。さらにもっと時間が経てば、心の中で安全基地のことを思い描くだけで十分になり、実際にそこに頼ることもなくなっていくかもしれない。それこそが、究極の安全基地なのだ。

「安全基地が持てない障害」ともいえる愛着障害を克服するためには、よい安全基地となってくれる存在が、是非とも必要なのである。

今日の社会状況、子ども達の発達の困難さを見るときに、学童保育の指導員や学校の教員こそ、子ども達の発達を支える「よい安全基地」となるべき存在ではないかと改めて感じました。

全国研で何回も講演されている田中孝彦先生が、「福祉・医療・心理臨床・文化・教育などの分野で、困難に直面した子どもと大人を支えて働く『人間発達援助専門職』の仕事と役割が増大している」と述べ、「学童保育を現代の『発達援助実践』の重要な一環として、指導員を『発達援助専門職』の一員として位置づけ、その中に蓄えられている経験と洞察に関心と研究の光を当てる必要がある」と述べていらっしゃるのも、同じ問題意識からではないかと思いました。

最後に、この本の中で述べていた、よい「安全基地」になるための5つ条件を紹介します。

  1. 「安全感を保障するということ」「一緒にいても傷つけられることがないというのが、最優先されるべき安全基地の条件」である。
  2. 「感受性」「共感性」「愛着の問題を抱えている人が何を感じ、何を求めているのかを察し、それに共感することである。」
  3. 「応答性」「相手が求めているときに、応じてあげること」「それは、いざというときに『相談できる』『守ってもらえる』という安心感につながる。」
  4. 「安定性」「相手の求めに応じたり応じなかったりと、その場の気分や都合で対応が代わるのではなく、できるだけ一貫した対応を取ること」
  5. 「何でも話せること」「傷つけられたり、説教されたり、秘密をもらされたりする心配なく、何でも話せる人を持つことが、それを媒介として、変化を生み出す第一歩なのである」

日々の実践の中で、この5つの条件を心に留めておきたいと思います。

「下町ロケット」をよんで2011年08月28日 22時14分18秒

最近読んだ本の紹介です。

「下町ロケット」(池井戸潤著)、第145回直木賞(2011年度上半期)を受賞した作品です。図書館でこの本を借りて、その日のうちに一気に読んでしまいました。

ロケットを打ち上げるための技術の開発には、莫大なお金がかかります。そしてその一つひとつの部品には、きわめて高い精度が要求されます。この小説は、小さな佃製作所という小さな町工場が、ロケットのエンジンの心臓部ともいえる燃料バルブを作ることになるまでを描いたものです。

自分たちの都合で勝手に下請けの中小企業を切り捨てる元請け会社。お金を出せば、ちっちゃな町工場は何でも言うことを聞くと思っている大企業。しかし、佃社長には、お金には代えることのできない夢や誇りというものがありました。

大企業の中では、打算や自分の利益、保身のためだけに動いている人もたくさんいます。しかし、曇りのない目で、小さいながらも佃製作所は自分たち以上の高い技術と夢を持っているということを見抜き、企業の大小ではなく、こういう人たちとこそ一緒に仕事をしたい、真剣に努力してくれた人もいました。

その一方、佃製作所の中でも、「誇りやプライドにこだわるのではなく、楽してお金が稼げればいいじゃないか」「ロケットを飛ばすっていう社長の夢につきあっていられない」という従業員もおり、社長も苦悩します。夢や希望だけでなく、そうした人間のどろどろしたところ、醜さも丁寧に描かれています。

大企業の横暴、ライバル大手会社の陰湿な嫌がらせ、メインバンクの冷たい仕打ち、佃製作所内部のごたごた。会社そのものが倒産するかもしれないという崖っぷちの状況。そういう中でも、高い技術力、物作りに対する真剣さ、夢や希望に向かって努力する佃社長の姿勢に共感し、協力しようという人たち、支援しようという会社も増えていきます。

肩書きとか、働いている会社の大きさとかではなく、夢を持ってその実現のためにまじめに地道に努力をしている人はやっぱりかっこいい。あれこれぶつかり合いながらも一つの目標に向かってお互いが信頼し合い、協力し合うこととは美しい。人が働くことの意味、生きていく上で何が本当に大切なのかということを改めて考えさせられました。