新里児童クラブ30周年記念式典・祝賀会に参加してきました。2010年10月24日 21時29分38秒

今日、新里児童クラブ(学童)の開室30周年記念式典及び祝賀会が行われ、参加してきました。新里小学校の体育館を会場にして、盛大に行われました。市長を始め、教育長(代理)、県議会議員、市会議員、近隣地域の町会長、民生委員の方々など、たくさんの方々が来賓としてお越しいただきました。在室児とその保護者だけでなく、歴代の指導員さん、役員さん、高校生や社会人となった卒室児のみなさんなども多数参加されていました。とても懐かしいお顔をたくさん拝見することができ、とてもうれしくなりました。

今でこそ、学童保育は、あって当たり前の施設となりましたが、30年前はそうではありませんでした。新里学童が開設した30年前にあった共同学童保育室は、瀬崎、八幡、新田、八幡北、川柳の5つだけでした。我が子が保育園を卒園し、小学校に入ったとき、放課後を安全に過ごす場がないことに不安を感じた保護者が、自ら立ち上がり、地域や学校などに働きかけ一つひとつ作っていったのが共同学童保育室でした。新里学童を作ろうと最初に立ち上がった保護者は、たったの5人であったということです。我が子だけでなく、これからの子ども達のためにも学童保育を作っていこうと立ち上がってくれたこの方達の努力とまわりの人たちの理解、支えてくれたたくさんの人たちのおかげで、今の新里児童クラブがあるのだと思います。

倉庫や民間のアパートを利用しての保育から、空き教室1教室を利用できるようになり、今では、2教室を利用しての保育となっています。父母会経営の「学童保育」から、みんなで立ち上げたNPO法人が運営する「児童クラブ」へと、名称や運営も変わりました。行政や議会、地域における児童クラブ(学童保育)への理解も、30年前とは比べものにならないほど進んできました。児童クラブ(学童保育)を取り巻く状況は、このように大きく変わってきました。しかし、今も昔も変わらないことがあります。それは、児童クラブ(学童保育)を支えているのは、子どもを真ん中にして、保護者と指導員が共に手を取り合って協力していくことです。保護者が自分の子どものことだけでなく、学童の子どもたちみんなことことを考えて、共に協力し合うということを通して、よりよい学童を作っていくと同時に、保護者自身が地域の中で居場所をつくり成長していくことができてきたのだと思います。今日の記念式典、祝賀会の中で、こうしたことをみんなで確認することができたのではないかと思います。

第一部の記念式典に続き、第二部の祝賀会では、子どもたち、卒室児、保護者、指導員からのさまざまな出し物があり、とても楽しむことができました。子どもたちが生き生きと歌や踊りを披露してくれて、若い指導員や保護者の方々がとても楽しそうに取り組んでいる姿を見て、とてもうれしく思いました。大規模化や待機児問題、指導員待遇改善など様々な問題がありますが、子どもたち、指導員、保護者のこうした笑顔を絶やさぬように、これからもみんなで協力してがんばっていきたいと思います。

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